もう一度87話

ガチャンと玄関のドアが閉まる音がして

悠斗の気配も消えてしまう。

座りこんだまま動けなくて。

じわりとまた浮かんできた涙をグイと手の甲で拭ったら、自分でも驚くぐらい次から次に溢れ出してきた。

ゆと

泣いて泣いて身体中の水分が無くなってしまったんじゃないかと思うぐらい泣いて。

泣きすぎて息が苦しくなって頭もガンガン痛くなってきて。

考える事も動く事も出来なくてキッチンの床にコロンと転がる。

いたっ

まだ残っていたらしい破片が手の甲を傷付けたけど。

その僅かな傷から流れる微たる血をぼんやりと眺めていた。

ブブブブブブ

スマホのバイブの音がして。

どうしてかラグの上に転がっていたスマホが微妙に動いているのが見えた。

電話

ズリズリと這っていってそれに手を伸ばして、相手も確認せずにタップする。

もしもし

カズ?

聞こえてきた声にもう枯れてしまったと思った涙が溢れる。

さと

カズ?どうした?なんかあったのか?どっか痛いのか?

普段言葉が少ないクセにこんな時ばっかり早口になる。

だいぶ

ん?なに?カズ?

さとごめ

カズ、今どこだ?

いえ

家?家どこだ?どの辺?住所言えるか?

焦っている智になんだかこっちが落ち着いてくる

へいきでも

行くから。すぐ行くから。住所。送れ。あと部屋番号も

うん

アドレス変わってないからな?わかるか?消してねーよな?

うん

一旦切るからな。すぐ送るんだぞ?

ガタガタと音がしていて、出掛ける準備をしながら喋っているのがわかる。

わかったすぐおくる

すぐだからな?すぐだぞ?

うんっ

ブチッと切れた電話を握り締めてぐすっと鼻を啜って

ぼんやりした頭と視界に苦労しながらなんとか住所を送った。

すぐ行く

たった一言戻ってきたメールをただぼんやりと見つめていてどれだけ経ったのかインターフォンが鳴った。

突然の音に驚いたけどすぐに智だと気が付いて、よろよろと立ち上がってモニターを確認する。

ソワソワとドアの前でしている智が映ってまたブワリと涙が溢れた。

俺の涙腺は壊れてしまったらしい。

いらしゃい

グスグスと泣きながらドアを開けると心配そうな智の顔があった。

さと

カズ!

僅かに開いたドアをグイと力任せに開けた智が飛び込んでくる。

カズ?どうした?何があった?

両肩を掴んだ智が顔を覗きこんできて、パタパタと全身を確かめるように叩いてくる。

なに痛いよ

だってお前そんなに泣いて

両手が顔を包んで、優しい瞳が不安げに目の前で揺れてて

愛おしくて嬉しくて。

だいじょうぶだからね?

安心させるように笑ってみせた。